くにさきに住む、さまざまな特技や知恵を持った人、後世に残していきたい文化やお祭りなど。
〝みつける・つなげる・のこす〟が詰まった
『くにさきの引き出し』
第11回にご紹介させていただくのは、武蔵町池の内に住む、吉田博光(よしだ ひろみつ)さん、83歳。
吉田さんは、平成28年に「全日本瓢箪作品展」で最高賞の《名誉総裁秋篠宮賞》を受賞された、ひょうたん名人です。
当時は、国東市から賞詞を授与されたり、市役所や銀行などでも展示されていたので、記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。
「ひょうたんといえば、吉田ひろみっちゃん!」
そんなお話を耳にしていたものの、今回、初めて作品を見せていただきました。
まず、目に飛び込んできたのは、その大きさ!

約1.5メートル。台座も含めると2メートル近い豪華なひょうたんが、ずらりと並んでいました。
想像以上の迫力に、思わず驚いてしまいました。
それも、そのはず!
この作品たちは、全て「金賞」や「文部科学大臣賞」そして、「名誉総裁秋篠宮賞」を受賞した作品だったのです。

大きいものは、「大長ひょうたん」手のひらに収まるほど小さな「1寸ひょうたん」など、さまざまな種類のひょうたんを見せていただきました。
さて、この瓶の中にある「ひょうたん」どうやって入れたでしょうか?

じつは、小さい頃に瓶に入れ、瓶の中で育てていくのだそう!可愛らしいですね!
お座布団は、後から入れたと。
創作工房のお部屋には、花火を思わせる見事な作品や、ひょうたんで作られたアンパンマンのお雛様など、眺めているだけでも楽しくなる作品も。


ひょうたんには、こんな表現の世界があるのかと驚かされます。
そんな作品の数々は、どのように生まれてきたのでしょうか。
ひょうたんづくりの始まりは、タネをもらったことでした。
そこから吉田さんは、ひょうたんづくりに夢中になっていきます。
より良い作品を作るため、宮崎の師匠の所まで習いに行ったり、別府で合宿をしたり。仲間とともに技術を磨き、腕前はめきめきと上達していきました。
ひょうたんを育てるにも、細やかな工夫が欠かせません。
ほかの花の花粉が入らないよう、一つひとつ受粉させては、花を閉じていく作業。交配は夕方から夜にかけて行うため、畑が家の近くにあることも大切だったといいます。良い作品を生み出すためには、栽培の段階から細やかな工夫と手間が必要なのです。
作品の題名を考えるのも、装飾に使う紐の結び方を工夫するのも、独学で学んできたそうです。
絵も得意で、ひょうたんを彩る模様は、京都友禅の「盛金(もりきん)」という技法を使っています。

金粉を盛り上げて立体的で豪華な装飾になっています。京都から材料を取り寄せていたそうです。
細部にまでこだわる吉田さんは、まさに職人気質。
上の蓋のような部分も、ひとつひとつ、ひょうたんに合わせて角材を加工してつけているそうです!
「これがあるのと、ないのでは出来栄えが全然違うんよ。でも、これが難しい!」と

作品を出品するときも、自分たちで運んでいたといいます。
「たくさんお金を使った」と、当時を振り返って笑う吉田さん。その言葉からも、ひょうたんづくりに夢中になっていた日々がうかがえます。

「瓢箪開運八条」というものを見せていただきました。
その中には「丸々太った瓢箪は商運を呼び、大金がもうかる」と書かれています。
ところが、吉田さんは、
「これは、ウソ!!全然もうからん!逆に使ってばかりだ」
と、笑って話してくれました。
数々の賞を受賞するほどの作品を生み出してきた吉田さん。ひょうたんづくりにかけてきた情熱と、思わず笑ってしまうような飾らない人柄が伝わってくるエピソードでした。
現在は畑や田んぼを返したため、ひょうたんを育てることは難しくなりました。それでも、ものづくりへの意欲は尽きません。今は木を削り、ひょうたんの形を再現した作品も手がけています。

本物と見比べても、見た目だけではなかなか違いがわからないほど。実際に手に取って比べてみると、その軽さの違いに驚かされます。
ひょうたんを育てることができなくなっても、培ってきた技術や器用さを生かし、新たな作品づくりに取り組む吉田さん。
そんな吉田さんが今、模索しているのは、新しい趣味。これから挑戦してみたいこととして、凧あげを挙げてくれました。
こちらは、障子紙を使った、150センチ程の大きな凧。

「(国東町の)弥生の村ででもあげて見ようかと思っちょるんやけど」と、みんなを楽しませる事も大好きな吉田さん。
ひょうたんづくりに情熱を注ぎ、試行錯誤を重ねて磨
いてきた技術。その器用な手から、これからどんな新しい作品や楽しみが生まれるのでしょうか。
吉田さんの次の挑戦が楽しみです。
