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中秋の名月に、月を見上げて️

中秋の名月に〜想いをはせて〜

 

明日は、十五夜、中秋の名月ですね。

今も昔も、綺麗な月を見上げて、「きれいだなぁ」と感じる心は変わりません。

江戸時代に、こんな少年がいました。

江戸時代、杵築藩の儒学者綾部の家に生まれた、少年「妥彰」は、幼い頃から、自然科学に興味を持ち、太陽や月の観測を続け、日食や月食を予言しました。杵築藩の侍医としてはたらき、のちに、「麻田剛立」と改名し、近代天文学の礎をつくりました。

 

麻田剛立が大阪で開いた天文塾〈先事館〉の門人には、高橋至時や間重富という、江戸で寛政の改暦という大事業をなしとげた人物もいます。

そして、高橋至時の門人に、教科書にも載っている有名な、「伊能忠敬」がいるのです。

 

 

剛立が、改名するとき、性を〈麻田〉としたのは、祖父母の郷、「武蔵郷麻田村」からだそうです。

 

そして、その〈アサダ〉という名前がついた、月面クレーターがあるのです。

 

月の月面のクレーターには、

現代の天文学者によって、ひとつひとつ名前がつけられているのは、ご存知ですか?

過去の偉大な天文学者や科学者の名前がつけられています。(アインシュタインやコペルニクスなど)

その中に、〈アサダ〉と日本人名のクレーターが存在します。

 

そして、その故郷の偉人を讃えてて、この度、武蔵町の報恩寺に、顕彰碑が建立されました。

日本史、歴史には、疎い私ですが、地域の皆さんのお話を聞いていると、歴史上の人物が、とても身近に感じられ親近感が湧いてきます。

三浦梅園と麻田剛立が仲良しだったり、

麻田から、〈Asada〉月面クレーターの名前になったり、

国東半島には、「梅園の里の天球館」や「横岳のキララ館」など、天文台も近くにあり、

 

江戸時代からの、先人たちの想いが今につながっているのかもしれません。

そんな想いを胸に、綺麗な月を見てみたいです。

 

地域支援サポーター武蔵圏域担当 古川杏菜

 

 

 

 

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