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富来神社 春季大祭

  1. 今年度より、国東圏域担当の地域支援サポーターとして活動している声楽家の内田華子です。

 

もう一ヶ月も前のお話しになりますが…

GW初日の4/29昭和の日に、国東町富来の八坂社(通称・富来神社)にて春季大祭が行われ、神事の中で私の娘が巫女舞を奉奏※しました。

※神様に舞や音楽を奉納することを、奉奏(ほうそう)といいます。

 

富来八坂社本殿での巫女舞奉奏

 

上の写真左手の舞姫が娘、右手の舞姫は娘の同級生で、中央で笛を吹いているのは私です。

 

国東市内では、国見町にだけ残っていた「子どもによる巫女舞」の伝統。

この巫女舞を富来八坂社で復活したいと宮司の鎌田さんからお話をいただき、娘のお友だちを誘って舞姫を務めることになったのが、昨年の春のことでした。

11月の秋季大祭を目標に、5月中旬から練習が始まりましたが、一緒に練習できるお姉ちゃんたちも居らず、先生もこんなに小さい子を教えるのは初めてだったようで、当時こども園の年長児だった娘たちにはかなりハードルの高い練習でした。

 

最初は足の運び方から

 

自宅でも練習に励みますが、どうしてもテープの音に合わせて舞うことが難しかったため、インターネットで楽譜を探し、音源を聴きながら楽譜を解読し、自ら演奏することにしました。

 

この巫女舞には、歌の他に、神楽笛・篳篥(ひちりき)・和琴または箏・太鼓という4つの楽器が使われます。

私の本職は声楽家のため、西洋音楽には精通していますが、巫女舞で奏される雅楽(厳密には雅楽とは異なるそうですが雅楽器を使用します)はほとんど経験がありません。

たまたま、地域の楽師さんたちの練習会に参加して龍笛を学んでいたところだったのと、これまたたまたま、半年ほど前に担当していた空き家※で十三絃の箏を譲り受けていたので、楽器さえあればできるかどうかは自分の腕次第、娘のためなら背に腹は代えられないという思いで奮起しました。

※当時は、地域おこし協力隊として空き家バンクを担当していました。

 

 

音楽が専門と言っても、ジャンルが異なる雅楽は専門外のため、楽譜の読み方すらわかりません。

箏も、学生時代に特別講義で少しかじっただけでほとんど覚えていない中、とにかく耳だけを頼りに楽譜を解読すること1か月、夏休みが終わろうとしていました。

 

ネットで見つけた楽譜。不思議な記号が記されています。

 

神楽笛をリコーダーで代用できないかと吹いてみたものの、そもそもの音律や音階が異なるためリコーダーでは音が再現できず、神楽笛をネットで探して何とか手に入れたのが本番2か月前。

篳篥(ひちりき)は、歌と同じ旋律のためなくてもOKとし、太鼓は拍取りで必須になるため、もう一人の舞姫のお母さんに頑張ってもらいました。

 

仕事と家事の合間に何とか練習時間をひねり出し、自主練では娘たちの舞の指導もしつつ、衣装の肩揚げなどの裁縫、花冠の作り直しなど、人生でこんなにもあれもこれもいっぺんに抱え込んだことはあっただろうかと思うくらい、やることに追われる毎日でした。

 

巫女の衣装と小道具

 

「母は強し」とは言いますが、本当に、自分の子どものためでなければここまではやれなかったことでしょう。

 

当日は、楽器の配置・搬入出の確認、娘の着付けと化粧、自分の袴の準備、御旅所までの楽器の持ち運びと時間に追われました。

本番は、巫女の出入りで神楽笛を独奏し、舞の最中には箏を弾きながら歌い、舞姫たちが途中で所作を忘れれば演奏しながら指示を出すという、自分でもよくやれたなぁと感心してしまう離れ業でした。

 

合同新聞の記事

 

巫女舞復活ということで、地域の方々もたくさん見にきてくださり、秋季大祭では大分合同新聞さんにも取材に来ていただきました。

 

秋季大祭では、練習時間が足らず前半(扇舞)のみの舞となりましたが、春季大祭では、後半部分(鈴舞)もあわせて奉奏することができました。

 

春季大祭、御旅所での鈴舞

 

子どもが地域にかかわり、楽しみながら伝統を継承すること。その姿を見に、地域の高齢者が外へ出かけてくること。

その循環が、地域の活力を生み、限界集落から抜け出す第一歩となるのではないでしょうか。

 

お宮の大祭は、どこも年に2回執り行なわれます。

春の田植え前に今年の豊作を祈願して、秋の収穫後に今年の実りに感謝して。

 

巫女舞を通してお宮に関わることは、宗教行事ではなく、地域の風習として、現代人が忘れかけている「万物への感謝」を子どもたちに教えてくれています。

また、この巫女舞の歌は、世界の平和を歌ったものであり、この不穏な世の中にあって「祈りを捧げる」ことの大切さも教えてくれます。

 

一年前、何も分からず簡単に引き受けてしまった巫女舞でしたが、私たち母娘にとって、何物にも代え難いありがたい経験となりました。

ただ、私ひとりではこれをずっと続けていくことはできません。

これから、巫女舞をやってみたいという子どもたちや、やらせてみたいというお母さんが出てきてくれるといいなと思います。

 

都会のお宮では絶対にできないことです。

「田舎だからこそ、できることがある」

地域の方たちに、そのことに気づいて地域に誇りを持ってほしいと願っています。

 

国東半島の伝統文化を、これからの子どもたちが気負わずに受け継いでいけますように。

 

地域支援サポーター国東圏域担当 内田華子

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